秋の陽射しと星の夜。そして娘と義父のこと。

チョコチョコ

2014年09月18日 04:50

ようこそ『寺嫁つれづれ日記』へ

すっかり日が短くなりました。
朝晩は空気がひんやりしていて、肌寒いくらいです。



夕焼けに染まる山門、門前のきのこ杉の緑と稲穂の山吹色。




夕暮れの總光寺はとてもきれいです。

夜になると星空がとてもきれいです。
夏は天の川も見えました。
周りに明るいものがないので、まるで宇宙にいるみたい。



星といえば。


娘が5~6歳くらいのころ、きれいな星を見ると大号泣したのです。
「おじいちゃんに会いたい!」

まだ鶴岡に住んでいた頃、休みのたびに總光寺に来てお手伝いをしていました。
夫の父はあまり体調がよくなくて食も細かったのですが、娘が「おじいちゃん、ご飯だよ!」と呼びにいくと、部屋からうれしそうに出て来て食卓についてくれました。
何をするわけでもなく、娘はよく父の部屋にいて、一緒の時間を過ごしていました。
言葉を交わさなくても心地いい空間だったのだと思います。






夫の祖父である先代が亡くなって2年後。
夫の父が道半ばで病に倒れ亡くなってしまいました。

そのとき娘は2歳10か月。
まだまだ幼く会話らしい言葉のキャッチボールもなかったと記憶しています。


おじいちゃんが亡くなった事実がわからないのかも、と思った私は
「おじいちゃんはもういなくなってしまったの。お星さまになったんだよ。」と言いました。
黙って私の話を聞いていた娘は、ふうっと息を吐いてひとこと。

「わかった。もういい。」

わかった、もういい…って言った、今?
別人のような、その大人びた言い方と表情は今も忘れられません。

それからしばらくおじいちゃんのことは口に出しませんでした。
心の中のずっと奥にしまっているみたいでした。


でも。
それから3,4年後に、車の中できれいな星空を見ると、突然「おじいちゃん!」と叫んで泣き始めたのです。
いったいどうしたのかと面食らいました。

「おじいちゃん、お星さまになったんでしょ?まだ身体が痛いの?お星さまになっても苦しいの?おじいちゃんはどの星になったの?」


ずっと我慢してたんだ。
私が「おじいちゃんはお星さまになった」って言ったから。
今まで、星を見てこんなことを思っていたなんて。



娘も私も涙がぽろぽろこぼれました。
私は車のハンドルを離さないように、嗚咽をこらえることができませんでした。


なんとか家にたどり着いて、私はゆっくり話しました。

「おじいちゃんはもう、どこも痛くないよ。お空で大好きな絵を描いているんじゃないかな。お空からちゃんと見ていてくれると思うよ。」


「ほんとにもう、苦しくない?おじいちゃん痛くないの?よかった・・・」

娘はひとしきり泣くとおちつきました。
それからも星空を見ると何度か「おじいちゃん・・・」と泣くことがありました。
私はそのたびに「おじいちゃんはもう大丈夫」と言いました。



父が亡くなった朝のこと。
午前5時10分。入院先の病院から父の急変を告げる電話がありました。

この1時間ほど前、朝4時頃、娘が「だめーっ!」と大きな声を出して大泣きしました。
私と夫は、怖い夢でも見たんだと思いました。
夜はぐっすり眠るのに、こんなことは初めてだなと思いながら、私は總光寺庫裏の茶の間で、ずっと泣き止まない娘を抱いていました。

今思えば、父が最後に娘に会いにきてくれたのかもしれません。



こんなこともありました。
娘が1年生か2年生のときです。
「今日学校のグラウンドに着物着た和尚さんがふたり来てたよ。ひとりはおじいちゃんだった。」


もうひとりは誰だろう?
ひいおじいちゃんかもね。
見に来てくれたんだね。よかったね。


夫の父が、娘に託したものがあるような気がします。
なんとなく、ですが。

私もこれまで平坦な道ではなかったけれど、
その都度、娘が「実にいいこと」を言うんですよ(笑)


長文を読んでくださってありがとうございました

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