息子と私のネズミ事件③

チョコチョコ

2018年09月03日 09:27

(続き)



「もしかして、死んじゃってかわいそうだったから、ネズミを水から出してあげたの?」





手を洗っていた息子のところへ行ってそう言うと、振り返った息子の目には、あっという間に涙がたまった。


両手をぎゅっと強く握り、大きくうなづいたあと、ぽろぽろ涙を流した。絶対に泣くまいと、握った拳が震えていた。

そうだったんだね、ごめんね、と言って、私は息子を抱きしめた。


息子の気持ちを、もう少しで取りこぼすところだった。


危なかった。
本当に危なかった。



「ネズミさんが死んじゃってかわいそうだったね。

お母さん、ちゃんと土に埋めてお参りしたから大丈夫だよ。

助けてくれてありがとう。

でも、ネズミを手で触らないでね。

病気を持っているかもしれないんだよ。」




息子の眼を見て、ゆっくりこう言うと、ようやく息子の気持ちは落ち着いた。








    
素手でネズミに触れないでもらいたい私の気持ちは、きっと間違いではないはずだ。

一方で、かわいそうなネズミを、せめて水から引き揚げてあげようと思った息子の心は純粋で尊い。
どんな小さな生き物の死も粗末にしなかったのだから。


私はおとなとして、冷静に息子の気持ちを汲み取ってから説明すべきだったのだ。愚かなことに、私は自分の常識の中でものを見て、大きな声を出してしまった。


びっくりして固まってしまったあの表情と、ぎゅっと握って震えていた両手が、今でも頭に何度も浮かんでくる。
そして、いつも涙が出るのだ。




夫のあの一言がなければ、まったく気がつかなかった。
家族というのは本当にありがたい。
 


視点を変えて物事を見ると、日常は複雑だけれど豊かなものになる。
7歳の子どもの目線から見ると、今までとはまた違った景色が見えてくる。



こんな景色を大人になってから見ることができるなんて、今まで頑張ってきたご褒美をもらった気分だ。



おとなになるにつれて凝り固まった常識や概念を捨てて、私はもう一度、自由な感性を育てなおすことにしよう。




(おしまい)




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